新型コロナウイルス感染症の流行により、収入が減ってしまう人が増えています。これから、私たちの生活はどうなってしまうのでしょうか。経済のキモをわかりやすくマンガで描いている『キミのお金はどこに消えるのか』の著者であり、ご自身のツイッターでも「国が家賃を払ってくれる制度が緩和されました」などの一般市民の役に立つマンガを発信されている井上純一さんにお話をうかがいました。
新型コロナウイルスで不幸の連鎖が始まった
――連載中の「キミのお金はどこに消えるのか」の新シリーズでは、新型コロナウイルス感染症の影響によるマスク不足についても触れていますね。
井上:新型コロナウイルス感染症の影響は幅広く出ていて、我が家もマスクが買えなくなりました。中国人妻の月(ゆえ)さん自身が、なぜ値段が高騰するのか、「転売ヤー」が全ていけないんじゃないか、買い占めている人がいけないんじゃないかと疑問を持っていて、まさしく経済の話だと思いました。
中国では今、世界的な需要に応えるためマスクの製造が進んでいます。もし日本国内でマスクを製造できるメーカーがもっと生き残っていれば、今回のようなマスク不足といった事態は防げました。全部の事態に備えることはできませんが、生産工場を国内に残すことは重要です。かつての円高の結果、いろんな産業が海外に拠点を移してしまったダメージが今来ているのだと思います。
――日本の新型コロナウイルス感染症の影響として、他には、非正規社員の雇い止めや、新卒の内定取り消しなどが報道されています。
井上:そうですね。報道されている以外では、収入を正しく申告してなかったフリーランスで、今困っている方の話を聞きました。
役所で「収入が減った」と補助金の申請をすると、今まで払ってなかったお金をむしろ多く払わなくてはならないのかと怖くなり行くことができず、ヤミ金などの高利貸しで借りるしかないという状況になり、このままだと人生が破滅してしまうかもしれないということのようです。こういった状況を防ぐために日本政府は丁寧な説明を繰り返して行うことが必要です。すでに影響を受けていると報道されているような方はもちろん、このような隠れた被害者も増えてしまうと、経済的不幸は連鎖していき、さらに多くの人を巻き込むことになります。
想定されうる最悪の未来とは?
――今後、日本経済はどうなっていくと思いますか?
井上:今日本では感染者10,361人、死者161人という状況ですが(2020年4月19日現在)、何かが悪くて経済的に落ち込んでいるというわけではない状況です。新たな感染者を減らすために、今までやっていた経済活動をできなくなる人が出てきていますが、その人たちを救えれば、経済的には何事もなかったかのように復旧できるはずです。
もちろん、世界中の経済ネットワークに支障が出ているため、供給の部分的な制約はあります。部品の一部が欠けて供給できなくなっているという製品が出てきていますね。たとえば温水洗浄便座は、中国で作っているパーツが不足して供給できなくなっているようです。そのように、供給制約によるダメージはありますが、そのためにも経済的脱落者を出さないことが重要です。そうすれば、やがて平常に近い形に回復できます。
――逆に、日本政府が対応を間違って不幸が連鎖していくと、最悪の場合、日本はどうなってしまうのでしょうか?
井上:政府が何もしないということはありえないと思いますが、もしそう仮定すると、今食べるために外へ働きに出なくてはならないという人が大量に発生します。働いても働いても食べていけないという人があふれて、そのような人たちが移動することで感染者が増えて、死者も増え、肺炎の後遺症を持つ人も増え、供給能力全般が制約を受けて、物価が上昇し、欲しい物が手に入らない状態になり、昔のように物がない貧しい人が多い社会になってしまいます。
他国でお金を大量に配ってるということは、その国の通貨の価値が下がります。そうすると、今は現金を手元に置きたいということでドルが強いですが、他の国に比べて日本が出し渋ると、円高になります。円高になると国内の産業がやっていけなくなるから、企業や企業のノウハウを国外に売るということになります。それで、日本産業が衰退し、日本は後進国になる。『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』の最終話で描いたようになる可能性があります。
近い将来、日本も恐慌が始まる
――何も対策しないと、恐ろしい未来が待っているんですね。一方、すでに世界経済は1929年に始まった恐慌以来、最悪の危機に陥っていると言われています。恐慌が始まるとどうなるのでしょうか?
井上:恐慌というのは、急激な景気の悪化です。恐慌が起こると、結果として、世の中のお金が消えていき、お金の価値が高くなり、物が売れなくなる、雇用が減る、倒産が増える、失業者が増えるということにつながっていきます。今は、恐慌が起きそうな状態です。
恐慌は、経済的な定義としては、ものすごいスピードで信用収縮が起きることを指します。経済は、お金を互いに貸して借りてという関係で成り立っているのですが、その貸し借りが何かのきっかけでしぼみ始めるのが信用収縮です。恐慌が起きると、大量の失業者が出て、国民の生活が貧しくなってしまいます。
――過去の世界恐慌においては、アメリカでは失業率が25%となり、労働者の貨幣収入の総額は4割減、家賃が払えずに家がなくなった人もたくさん出ていました。日本もこれからそうなっていくということでしょうか?
井上:1929年の恐慌より、深刻な状況かもしれません。
まず起こった原因に違いがあるのですが、1929年に好景気だったアメリカでバブル崩壊が起きた時のように、民間にお金がものすごいスピードで回っていたのが止まって、ガラガラと崩れたというわけではありません。今回は、新型コロナウイルスによって経済活動の停止を余儀なくされた結果、発生するはずだったお金が発生しなくなった、日常活動が営めなくなったというのが原因です。
バブルがはじけたといった通常の理由の恐慌であれば、政府がお金を出すことだけでゆるやかに解決できるのですが、今回は違います。ウイルスの被害を抑えつつ、経済活動のパワーを残しておかなくてはならないのです。政府がお金を出してもウイルスはなくなりません。ウイルスが無害化するまで続けなくてはならないのです。いつ終わるかがわからない、終わりを人間が決められないという状況です。
――もし恐慌が起きてしまったら、どうすればよいのでしょうか?
井上:まずは、恐慌を起こさないようにしたほうがいいと思います。
みんなが「お金が回ってこなくなるかもしれない……」と不安になってお金を使わなくなると、雇用が減ったり、失業者が増えたり、倒産が増えるという恐慌状態に向かってしまいます。ですので、お金は充分にある、充分にお金が回ってくるという安心感を持つことが重要です。
実際、昭和恐慌の時に取り付け騒ぎというのがありました。ある銀行が破綻したという大蔵大臣の失言により、金融不安が一気に表面化して、全国で人々がお金を引き出すために銀行に殺到したという騒ぎです。昭和恐慌前には、ずっとデフレ化政策が行われていました。しかし、この取り付け騒ぎのタイミングで高橋是清が大蔵大臣になったことで変化がありました。
高橋是清は、銀行を何日間か休ませてる間に、臨時のお札をたくさん刷りました。そして、各銀行にそれを積み上げたのです。そこで銀行に行ったお客が、「こんなにお金があるんだ」と安心して、取り付け騒ぎが収まりました。
――恐慌は防ぐことができるものなのでしょうか。
井上:国民に信用してもらうために「政府がお金を配るぞ」とアピールしたり、会社員の給料8割を保障するという他国のやり方を採用したりするのもいいかもしれません。
政府がお金をたくさん刷ったりして、あなたの手元に届けますよ、というメッセージを国民に届けることが重要です。
最悪の未来を回避し、最高の未来へ
――新型コロナウイルス感染症に対して、最悪の未来を回避するためには、今何が一番必要でしょうか?
井上:恐慌を防ぐためにできることと共通しますが、政府が適切にお金を配ったり、減税して手元にあるお金で物が買えたりできるようにする必要があります。食品、衣料品、日用品などが、生産者が作った分は売れるようにしなくてはならないのです。そのように経済活動が止まらないようにしながら、ウイルス拡散を防ぐために今は仕事ができないという、経済活動ができなくなった人にお金を配ることをします。そこは普通の恐慌と違います。
もし、経済活動ができないならお店を畳むしかないですね、仕事辞めるしかないですね、他の職を探してくださいね、ということを見過ごしていたら、ウイルスが終息した時に供給能力が落ちてしまいます。V字回復できるはずの時期に生産力が落ちてしまうことになるのです。そうなると、他の国に企業が買われたり物資が不足したりという結果につながります。
現時点でお金を配ることで過度のインフレが起こるのではないかと心配する人もいますが、むしろ新型コロナウイルス感染症のせいで供給力が落ちてしまうほうが、物価コントロールができなくなる可能性が高いと思います。インフレを恐れるなら、適切な量のお金を渡していったほうがよいのではと感じています。
――日本政府は充分なお金を出していると言えるのでしょうか?
井上:少なすぎるし、遅すぎると思います。“Too little, too late.”ですね。
――政府の対策がうまくいってる国はあるのでしょうか?
井上:他国にもそれぞれの政府に不満がある人はいると思います。ただ、アメリカ政府は1兆ドルの給付金を出すというように、分かりやすく切りの良い数字を出して見せました。そういう安心感を与える政策という点で日本は後手に回っているように思えます。
――人間心理に与える影響は重要なんですね。
井上:厳密に計算して細かい数字を出すより、キリのいい数字でわかりやすくというほうが、一般の、そんなに経済に詳しくない人が安心して落ち着くので効果的です。厳密な正確さよりも、分かりやすく、なるべく迅速な対応が必要です。
――日本で、分かりやすく迅速な政策というのはできるのでしょうか?
井上:たとえば、今の日銀総裁の黒田東彦さんが就任した時、「2年で(物価上昇率)2パーセント(を実現する)」というキャッチフレーズで金融緩和しました。厳密には2年とあとちょっとかかるという話でしたが、市場はこれに反応して株価がドンと上がった。本当に物価目標に達していたらもっとよかったんですが。わかりやすく、安心感が出るキャッチフレーズというのがポイントで、景気にいい影響を与えました。
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための給付金について、日本政府は給付に条件をつけるという方針を打ち出しているようです(後に撤回)。今の状況で給付に条件をつけることは、事務作業の増大を招くとともに、給付金額を絞っているかのような印象を与えます。結果として、自分は給付金をもらえないと予想した人が支出を減らすことで、かえって経済の萎縮が大きくなる可能性があるわけです。
政府がお金を出し続ければ、それが「国民を飢えさせない、死なせない」というメッセージになります。そうなれば、国民は安心してお金を使うことができます。逆にメッセージの出し方に失敗すると、国民はお金を使わなくなります。
また、支給のタイミングを揃えるのに時間を掛けるよりは、たとえば、4月、6月、8月に10万円ずつ給付することにして、最初にもらえなくても後で埋め合わせられる仕組みにするのも効果的です。もし4月にもらえなくても、6月、8月にその分を後で埋め合わせられるとなれば、それだけ生き延びられる人がいます。早く、わかりやすく、国民にアピールすることが重要です。日本政府にはそれをやれる力があります。
――個人ができることはありますか?
井上:地元の議員あてに「困ってます。あなたが頼りです。給付してください」と手書きの手紙を出すのは有効かもしれません。特にメールをあまり使いこなせないような古株の議員には効果的でしょう。今回は政治の問題で、政治家がやろうと思えばできることだからです。
問題は、やれないんじゃなくて、やらないということです。『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』で現状維持バイアスの木こりが言っていたように、できないという理由にそんなに意味はないのです。
――日本は約50年前の高インフレで苦しんだ時のまま緊縮財政を進めていて、その原因は現状維持バイアスの影響かもしれないという話でしたね。
井上:はい。『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』では将来がどうなるか分からないという不確実性について描いているので、今の経済不安の中でも理解の助けになると思います。『キミのお金はどこに消えるのか』のほうは、一年経っても十年経っても使えるような、間違いのない基本的な事柄を描いています。
なぜ今、何十年も貿易赤字と財政赤字という「双子の赤字」を出し続けているアメリカ政府が、大規模な経済政策ができるのか、そのお金はどこから来たのか?ということも理解できるようになるでしょう。経済のキモが理解できて、行動の選択肢が増えた結果、読者のみなさんの手元にお金が残ってほしいなという思いで描いています。
――日本経済は不安なお話がたくさんありますが、今の連載での毎回の決め台詞「希望の光が見えてきた‼」と思えるようなことはありますでしょうか?
井上:新型コロナウイルスによる混乱の後、日本経済はよくなる可能性もあります。
少なくとも一年前は、野党議員の半分が反緊縮財政支持に回るとか、自民党の議員が100人以上消費税減税を訴えるというようなことは考えられませんでした。
アメリカでは国民皆保険の声が高まり、イギリスやスペインはベーシック・インカムを検討し始めました。この危機で経済のあり方を見直す機会が増えた結果、我々が新型コロナウイルス感染症を乗り越えた時、世界はもっとよくなる可能性があるのです。終息後の未来に希望をもって、今の苦境を持ちこたえましょう。
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「それって全部お金デスヨ!!」は「カドブンノベル」2019年12月号~連載中!
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April 23, 2020 at 10:01AM
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