NHK大河ドラマ『どうする家康』で松本潤さんが演じる主人公、徳川家康(1542~1616)ゆかりの品々を集めた「NHK大河ドラマ特別展 どうする家康」が、家康の生誕地、愛知県岡崎市の岡崎市美術博物館で開かれている。展示の目玉のひとつが、きらびやかな ( )だ。
入り口には家康像(京都・知恩院蔵)を守るように「徳川四天王」と呼ばれた重臣たちの甲冑が並ぶ。もちろん家康所用(保有)の甲冑も出展され、大河ドラマで家康が着ていた「 」の着替え用に作られた「 」や、大きな飾りがついた「 の 」などの実物を見ることができる。
きらびやかで、派手な彩色、奇抜なデザインには、 豪華な安土桃山文化が武具にも反映されている、という講釈がつくのだろう。だが、その美しさに見とれつつ、不思議に思ったことがある。出展しているのは戦がなくなった江戸時代の甲冑ではなく、戦国の世が続き、家康が「どうする?」と悩んでいたころのものだ。 続きの中、なぜ敵に目立つ格好で戦場に立ったのだろう。
現にドラマでは甲本雅裕さんが演じた夏目広次(吉信、1518~73)が三方原の負け戦の際に、金陀美具足を着て家康の身代わりになって死んでいる。広次が着用して戦死したというのはドラマ上の創作のようだが、白兵戦にならなくても目立つ格好をすれば鉄砲などで敵に狙われることは十分に考えられる。
武士が登場した平安時代以降、甲冑は戦の様式に合わせて変化している。騎馬武者が1対1で弓矢を放ち合う「 」の時代には、上級武士の甲冑は、重量はあるが馬上で受ける弓矢に対する防御力が高い が主流だった。南北朝時代以降は徒歩で戦う「 」が増え、大鎧より軽く、動きやすい が次第に主流になっていく。下級武士はさらに動きやすい や、胸や腹、両脇を防御するだけの を身に着け、室町時代に入ると上級武士も胴丸や服巻をつけるようになったという。
戦国時代に入ると、甲冑にはさらにイノベーションともいうべき大変革が起きる。 や鉄砲を使った大人数での「集団戦」が頻繁に行われ、槍突きや銃弾に対する防御力と、身軽に動ける機能性が求められるようになったためだ。甲冑は素材から見直され、西洋の甲冑(南蛮具足)の技術も導入され、さらに小手や 、 なども加わった「 」が主流となる。「当世」は「今の時代」、「具足」は「すべてを完備した」という意味。家康やその重臣たちは、「当時の最新型の防具セット」を身に着けていたわけだ。
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